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首位の座を占める

2018年3月6日「火曜日」更新の日記

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 マツの発生は意外に新しいとされています。縄文時代の最初のころはブナが主流で、それからナラやクリが出て、次が照葉樹、その次にスギが出て、その後からマツが出てきた。卑弥呼の時代にはマツは少なかったと植物学者は述べています。その理由はマツはもともと荒れ地に育つ木だからというのです。  ところで、マツという木はない、と言うと意外に思う人がいるでしょう。マツというのは、正しくは属の名称です。マツ属には五葉のものと二葉のものとがあって、前者にゴヨウマツやヒメコマツがあり、後者にアカマツとクロマツがあります。アカマツは「めまつ」とも言い、幹が赤くて山地に生えます。クロマツは「おまつ」と言い、幹が黒くて海岸に生えます。この2つを俗にマツと呼んでいますが、どちらもわが国の風景を形づくる代表的な木で、日本文化とはきわめて深い関係を持ってきました。その理由は形と生態によるものでした。  まず形ですが、若木のあいだは幹がまっすぐで、年に1回枝が輪状に出ますから、左右対称で美しい。門松に使われるゆえんです。一方老木になると、強風や虫害などのために幹が曲がります。樹皮には亀甲形の割れ目が現れて独特の風格がそなわってきます。地方ごとにマツの名 木が多く、それにまつわる伝説が残っているのは、そのためです。そうした理由で「マツの常盤」「ツルの延年」の取り合わせが生まれ、また鳥の王者のタカと組み合わされて画題になりました。そのほか謡曲になり、家紋に使われ、美術の面でも多くの素材を提供して、しだいに樹木の首位の座を占めるようになったのです。  日本庭園にマツは欠かせない主役ですが、この木は人工的な整形にもよく順応して形を変えます。有名な高松の栗林公園の名声のゆえんは、マツの美しさにあるといってよいほどですが、あれは人工による奇形のマツの大群落です。このように考えてくると、盆栽を愛し、石庭を愛した日本人には、マツはなくてはならないペット的存在であったと言えるようです。  さて一方、用材としてみたマツはそれほど優秀ではありません。木目が荒いうえにヤユを含んで加工しにくいし、木肌も美しくありません。歴史上の作例としてマツが使われているのは、わずかに建築では出雲の神魂神社、彫刻では京都太秦の広隆寺にある東洋のミロのピーナスと呼ばれる宝冠弥勒像ですが、いずれも朝鮮と深い関係を持つもので、むしろ例外に属します。つまり用材としてのマツの地位は、立木よりも数段低いのです。  次はマツの生育条件ですが、土地に対する要求条件はむずかしくありません。樹木の中には若木のあいだは強い陽光を嫌うものが多くありますが、マツは丈夫で枯れません。山林が伐り開かれると、地表が乾燥するうえに肥料になる木の葉が落ちませんから、土地はたちまち荒れてしまいます。それでもマツはよく育ちます。もともと痩せ地向きの樹木なのです。防風林や防砂林に使われるのは、そのためです。  山崩れで赤禿げになった所には、まずコケが生え、草が生え、やがてマツが生えて、その日陰に他の若木が育ち、もとの自然を取り戻す、といった道筋をたどるところが多いのです。京都をはじめ古くから開かれた土地にマツが多いのは、乱伐の跡を物語るものでもあるのです。  マツで国土が覆われるのは、森林育成という立場からみると好ましい姿ではないというので、戦前に「赤松亡国論」という説が出たことがあります。当時はまだ良材が多かったので、マツにはそれほど期待しなくてもよかったのです。  しかし敗戦によって事情は一変しました。戦争中の乱伐で木が足りません。質よりも量の確保が焦眉の間題になりました。そこへ登場したのがマツとブナでした。この2つの樹は蓄積量が多かったので、当時の窮状を救うピンチヒッターになりました。マツはパルプと鉄道枕木に使われました。戦前のパルプはエゾマツ、トドマツで作られていましたが、それが入手できなくなって、アカマツが代用材として急場を救ったのです。また枕木の用材はクリでしたが、そんなぜいたくは言えません。釘がゆるんだり、レールの重みで凹んだりすると苦情を言われながら、ともかくあの苦境を乗り切るために、マツは大きな役割を果たしたのです。  ところで近年における話題はマツクイムシです。その被害は莫大な量に達しています。  「マツは日本人のこころ、日本からマツが消えるのは国難だ」という声があがるほどですが、被害前線はしだいに北上して猛威は一向におさまりそうにありません。  以上に述べたのはマツの地位や生態、戦前戦後に果たした役割などについてですが、その道筋をたどると、あたかも一つの民族の盛衰の跡を物語るようで、いかにも人間くさい話だと思うのです。

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